dream

 今の貞之進に、嗜好を何だと尋ねたならば、多分読書と答えるだろう、だが不思議なことは、寄席へ行けと云えば寄席へ行く、芝居へ行けと云えば芝居へ行く。それでどこにも面白いという気振は見えぬが、誘いかけられたことは必ず辞さない、或いは辞する勇気が無いのかも知れない。同宿の悪太郎原は、それを好事にして折々貞之進をせびる、せびられゝばすぐ首肯て、及ぶだけ用立てゝ遣るのが例の如くなっていた、それから或男が附け込んで、或いやしい問題を提げた時、貞之進はじっとその男の顔を瞻詰めて、しきりに唇を顫わしていたが、大喝一声、何ッと言放した音の鋭かったことは、それまでに顕われた貞之進の性行を、こと/″\く打ち消すほどの勢いであったと、かえって悪太郎原の間に、興ある咄の一つとして伝えられた。そのうめ合せにはこれまで秋元の婢共は、貞之進の物数を言わぬことを、気心が知れぬと内実忌んで居たが、その頃から単に温和い方と言改めて、羽織の襟の返らないのを、呼留て知らせて呉れるようになった。

○儲けるを知つて遣ふを知らず、斥くべし。遣ふを知つて儲けるを知らず、是亦斥くべし。さらば何とかすべき。儲けて而して遣へとは、儲けぬ人の言なり。遣つて而して儲けよとは、遣はぬ人の言なり。金ならずして斯くの如く同一なる問と、同一なる答との繰返さるゝはなかるべし。世に其問、其答の明瞭に過ぐるものは、おほむね不可能の事なり。繰返し来れる今日にありては、殊に不可能の事なり。呉にして越、火にして水を兼ねしめんとするものなり。

何も是れも俊秀なら、俊秀は一山百文だとも言得られる。さて其俊秀なる当代の小説家が普通日用の語をさへ知らぬ事は、ヒイキたる僕の笑止とするよりも、残念とする所だが今ではこれが新聞記者にも及んだらしい。けふの萬朝報に悪銭に詰まるとあるのは、悪の性質を収得と見ず、消費と見たので記者は悪銭身に附かずといふのと、悪所の金には詰まるが習ひといふのと、此二箇の俗諺を混同したものだらう。かゝる誤りは萬朝報に最も少かつたのだが、先頃も外ならぬ言論欄に辻待の車夫一切を朧朧と称するなど、大分耳目に遠いのが現はれて来た。これでは国語調査会が小説家や新聞記者を度外視するのも無理はないと思ふ。萬朝報に限らず当分此類のが眼に触れたら退屈よけに拾ひ上げて御覧に供さう。(十五日)